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最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)63号 判決

上告人

井上久寿義

杉村豊

谷敏一

畑山康夫

右四名訴訟代理人弁護士

戸田隆俊

被上告人

高知県観光株式会社

右代表者代表取締役

小川満

右訴訟代理人弁護士

行田博文

主文

原判決を破棄する。

第一審判決主文第一項を次のとおり変更する。

被上告人は、上告人らに対し、別紙請求認容額一覧表の合計欄に記載の各金員並びに同表の未払割増賃金欄に記載の各金員に対する昭和六三年一月二二日から完済に至るまで年五分の割合による各金員及び同表の付加金欄に記載の各金員に対する本判決確定の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による各金員をそれぞれ支払え。

上告人らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人戸田隆俊の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  被上告人は、タクシー業を営む会社であり、上告人井上久寿義及び畑山康夫は昭和六〇年六月一日より前から、上告人杉村豊は同年六月一七日から、上告人谷敏一は同年八月二三日から、いずれも被上告人にタクシー乗務員として雇用され、昭和六二年二月二八日まで勤務してきた。ただし、上告人畑山康夫は昭和六一年九月一四日から同年一一月五日までの期間、上告人杉村豊は同年九月八日から同年一一月二八日までの期間、上告人谷敏一は同年一一月二七日から同年一二月二五日までの期間は、それぞれ稼働していない。

2  上告人らの勤務体制は、全員が隔日勤務であり、労働時間は、午前八時から翌日午前二時まで(そのうち二時間は休憩時間)である。上告人らに対する賃金は、毎月一日から末日までの間の稼働によるタクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた金額を翌月の五日に支払うということになっており、各上告人の歩合の率は、第一審判決の別表に記載のとおりである。なお、上告人らが労働基準法(以下「法」という。)三七条(平成五年法律第七九号による改正前のもの。以下同じ。)の時間外及び深夜の労働を行った場合にも、これ以外の賃金は支給されておらず、右の歩合給のうちで、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできない。

3  上告人らの昭和六〇年六月一日から昭和六二年二月二八日までの間(以下、この期間を「本件請求期間」という。)における勤務実績は、これを昭和六一年一二月から昭和六二年二月までの三箇月間(ただし、上告人谷敏一については昭和六二年二月の一箇月間。以下、この期間を「本件推計基礎期間」という。)における上告人らの勤務実績から推計することができるものというべきところ、この期間における上告人らの月間水揚高、総労働時間、時間外の労働時間、深夜労働時間等は、第一審判決の別紙2ないし5記載のとおりである。

二  上告人らは、右の事実関係に基づいて、上告人らに対しては本件請求期間における時間外及び深夜の割増賃金が支払われておらず、この間に上告人らに支払われるべき割増賃金の月額は、本件推計基礎期間の割増賃金額の平均月額を基に推計した金額を下回ることはないとして、本訴において、被上告人に対し、前記の午前二時以後の時間外労働及び午後一〇時から翌日午前五時までの深夜労働に対する割増賃金等の支払を求めている。これに対し、被上告人は、前記の歩合給には、時間外及び深夜の割増賃金に当たる分も含まれているから、上告人らの請求に係る割増賃金は既に支払済みであるとしている。

この上告人らの請求について、原審は、上告人らに対する本件請求期間の割増賃金が支払済みであるとすることはできないとしたものの、午前二時から午前八時までの時間については、上告人らが就労する法的根拠を欠き、上告人らがこの時間に就労しても何ら賃金請求権は発生しないとした上で、本件推計基礎期間における前記の勤務実績を基に同期間における割増賃金の平均月額を計算し、これによって本件請求期間における午後一〇時から翌日午前二時までの勤務に対する割増賃金額を推計して、上告人らの請求を一部認容したが、その余を棄却すべきものと判断した。

三  しかしながら、原審における当事者双方の主張からすれば、上告人らの午前二時以後の就労についても、それが上告人らと被上告人との間の労働契約に基づく労務の提供として行われたものであること自体は、当事者間で争いのない事実となっていることが明らかである。しだかって、この時間帯における上告人らの就労を、法的根拠を欠くもの、すなわち右の労働契約に基づくものではないとした原審の認定判断は、弁論主義に反するものであり、この違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかなものというべきである。

そうすると、弁論主義違背をいう論旨は理由があり、原判決は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。

四  そこで、上告人らの本訴請求について判断するに、本件請求期間に上告人らに支給された前記の歩合給の額が、上告人らが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、上告人らに対して法三七条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、被上告人は、上告人らに対し、本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働について、法三七条及び労働基準法施行規則一九条一項六号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があることになる。

そして、本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働時間等の勤務実績は、本件推計基礎期間のそれを下回るものでなかったと考えられるから、上告人らに支払われるべき本件請求期間の割増賃金の月額は、本件推計基礎期間におけるその平均月額に基づいて推計した金額を下回るものでなく、その合計額は、第一審判決の別紙2ないし5記載のとおりとなるものと考えられる。したがって、これと同額の割増賃金及びこれに対する弁済期の後の昭和六三年一月二二日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人らの各請求は、いずれも理由がある。また、上告人らは、法一一四条(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)の規定に基づき、右の各割増賃金額と同額の付加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、本件訴えをもって上告人らが右の請求をした昭和六二年一二月二五日には、本件請求期間における右の割増賃金に関する付加金のうち昭和六〇年一一月分以前のものについては、既に同条ただし書の二年の期間が経過していることになるから、この部分の請求は失当であり、その余の部分に限って右の請求を認容すべきである。

以上説示したところにより、上告人らの本訴請求をすべて認容した第一審判決は、右の限度でこれを変更すべきである。

よって、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木崎良平 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治)

(別紙)

請求認容額一覧表

上告人氏名

未払割増賃金

付加金

合計

井上久寿義

三七万七三六七円

二七万三一四一円

六五万〇五〇八円

杉村豊

三六万九九二六円

二五万八四七七円

六二万八四〇三円

谷敏一

二四万七五一七円

二〇万〇九九九円

四四万八五一六円

畑山康夫

六四万五一三二円

四四万五八九六円

一〇九万一〇二八円

上告代理人戸田隆俊の上告理由

第一 原判決には弁論主義、民事訴訟法第一八六条、第三八五条に違背する違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであり、速やかに破棄されるべきである。

一 上告人らが主張した法律要件事実、これに対する被上告人の答弁、被上告人主張の抗弁事実、これに対する上告人らの答弁は第一審判決の当事者の主張のとおりである。

要するに上告人らは

1 労働基準法第三七条、同法施行規則第一九条、第二〇条に基き、割増賃金請求権の発生原因及びその計算根拠として、上告人らの所定時間が午前八時から翌日の午前二時迄であること、上告人らが深夜労働(午後一〇時から午前五時までの労働)及び所定外労働(午前二時から午前八時までの労働)に従事したこと、その各労働時間数、月間水揚高、賃率、総労働時間数を主張し、

2 被上告人は上告人らの右主張事実をすべて認めた上

賃率四二%ないし四六%には割増賃金が含まれているから、割増賃金は支払済であるという抗弁事実を主張した。

3 これに対し上告人らは、右賃率に割増賃金は含まれていないという答弁をしたのである。

二 第一審判決は賃率四二%ないし四六%には割増賃金は含まれていないという事実認定をして、上告人らの請求を全て認めたのである。

三 これに対する被上告人の控訴理由は「被控訴人が、本訴の請求原因として主張する事実及び控訴人の主張は、原判決の事実摘示のとおりであるが、原判決に事実誤認の違法があり、取消を免れないものである。」というものであり、上告人らの右控訴理由に対する答弁は一審判決の事実認定に誤りはないというものである。

四 従って、原判決がすべきことは、第一審当事者の主張を前提として賃率四二%ないし四六%に割増賃金が含まれているか否かの事実判断のみである。

五 原判決は「被控訴人らの請求原因」と題して

上告人らが、

1 上告人らと被上告人とが労働契約関係にあること

2(一) 被上告人会社の従業員数及びその多数が高知県観光社員会を結成していること、上告人らが何らの労働組合に加入しない未組織労働者であること、労使関係が個々の労働契約のほか高知県観光社員会と被上告人間の労働協約の準用、労働慣行及び就業規則によっていること

(二) 労働契約による賃金の約定

(三) 被上告人と高知県観光社員会との労働協約による労働時間

(四) 労働慣行の内容

(五) 就業規則の内容

3(一) 上告人らが所定外及び深夜労働に従事したこと及びその時間数

(二) 被上告人と上告人らとの間に労働時間の定め及びその内訳に争いがあること、上告人の割増賃金算定根拠及び各上告人らの具体的算出結果を示す別表及び請求金額、並びに月間水揚高に四二%ないし四六%を乗じて算出され支払われた賃金には割増賃金は含まれていないこと

4 割増賃金の請求と遅延損害金の請求

5 付加金の請求と遅延損害金の請求

をそれぞれ主張したと事実摘示をしている。

六 しかしながら上告人らが主張したのは、前項の1、2(二)、3(一)、3(二)の一部、4、5のみである。

上告人らは

2(一)、2(三)、2(四)、2(五)

3(二)のうち被上告人と上告人らとの間に労働時間の定め及びその内訳に争いがあること、試用期間、正社員期間、指定者期間という用語、所定内を午前八時から午後五時までとして計算したこと、所定外ををその余の時間としたこと

はいずれも主張していない。

上告人らが「原告らはいずれも高知県観光労働組合(以下組合という)の組合員である。」と訴状請求原因第一項に明確に主張しているにもかかわらず、上告人らが「何らの労働組合にも属しない未組織労働者」であると主張したとする原審の裁判官の思考判断程度は理解不能である。

また高知県観光社員会を「観光労組」と要約した思考判断過程も全く理解し難い。

七 当然答弁についても被上告人がしてもいない答弁をしたと摘示されている(前項に対する答弁2(一)、(三)、(四)、(五)、3(二)の一部)のみならず、被上告人が実際なした答弁と相違する答弁をしたと摘示されている。

すなわち3(一)に対する被上告人の答弁は、上告人らが別紙一ないし五のとおり所定外及び深夜労働に従事したこと及び割増賃金請求権が発生したことは認めるが、右割増賃金は支払済である(抗弁)となるべきであるのに、原判決摘示の被上告人の答弁は3(一)の事実は争うとなっている。

また、3(二)については上告人らの月間総労働時間は認めるがその何時間が所定外、所定内深夜、所定外深夜に当たるかは争い、終了時午前二時以後の就業は認めないと主張したと全く事実に反する答弁を摘示をしている。

そもそも上告人らの主張した所定外労働時間数及び深夜労働時間数は、訴状で主張した時間数を被上告人が答弁として主張した右各労働時間数に一致させて減らした時間数である。(その結果、上告人らは第一審第二回準備書面で、請求の減縮をしている)

従って、3(一)の事実は争うという答弁になるはずがないのである。

また被上告人がなした答弁ではないけれど、「被控訴人主張のように遅い時間までを労働時間とする労働慣行はなかった」といった答弁も出てきようがない。

上告人らと被上告人間には所定外労働時間は午前二時から午前八時までの間の労働であることに争いはなく、各上告人主張の所定外労働時間は前記のとおり実質上は被上告人の主張であり、その被上告人が「被控訴人主張のような遅い時間までを労働時間とする労働慣行がなかった」というはずがないのである。

上告人らが被上告人の割増賃金弁済の抗弁に対し、「労働契約の賃金率の中に割増賃金が入っているとしてもその一部であり、大部分はそれは含まれている」と主張した事実もない。

上告人らは「一律に水揚高の四二%ないし四六%の賃金を支払うのであるから、この賃金に割増賃金が含まれていないことは明らかである」(第一審第一回準備書面)と主張しているのである。

八 以上要するに本件訴訟の争点は賃率四二%ないし四六%の中に割増賃金が含まれているか否かということであるにもかかわらず、原判決は全く理解し難い独自の考えにより上告人らも被上告人も全く主張していない事実を主張したとして架空の争点を作った上、その架空の争点に対する判断を示したものであり、判決とは言い難いものである。

よって速やかに破棄されるべきである。

第二 原判決には労働基準法第三七条及び同法施行規則第一九条の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。また原判決の解釈は最高裁昭和三五年七月一四日第一小法廷判決の判示にも反しており、速やかに破棄されるべきである。

一 原判決は

1 「各被控訴人が午前二時以後には就労する法的根拠を欠き、就労義務がない反面就労しても何ら賃金請求権が発生しないといえる。」

2 「午前二時までの間を所定外労働時間とし、午前二時以後は就労しても、前記説示の点から就労しない場合と同視してこれを零として計算した。」との見解のもとに、午前二時以後の割増賃金請求は発生しないとしている。

右判断は、就労義務がない違法な時間外労働についても割増賃金請求権が発生し、かつ、労働基準法第一一九条一号の罰則規定も適用されると判示した最高裁昭和三五年七月一四日第一小法廷判決の判示にも明らかに反する独自の判断である。

二 また原判決の割増賃金の計算方法は労働基準法施行規則第一九条に明らかに反している。

すなわち、原審は別紙一ないし五の各2認定欄において、一時間当たりの賃金(E欄)月間水上高平均(G欄)は当事者間に争いがないとして、上告人ら主張の金額(この金額は月間水揚高平均、午前二時以後の労働時間も含めた総労働時間数及び賃率をもとに計算した金額である)をそのまま使用しながら、労働時間数については午前二時以後の時間を零として計算している。

ここに至っては、支離滅裂としかいいようがない。

すなわち、一時間当りの賃金に争いがないのは、その計算の前提たる月間水揚高平均、総労働時間数、賃率に争いがないからである。

原判決のように午前二時以後を労働時間として認めず、「原審が午前二時以後の就労を所定外深夜として取り扱うことについては当事者間に争いがないとしたのは相当ではない」というのであれば、上告人らの総労働時間数は少なくなるのであり、労働基準法施行規則第一九条により算出される一時間当りの賃金額は多くなるのである。

要するに、労働時間数に争いがあり、一時間当りの賃金に争いがないということはありえないのである。

以上

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